朝、九時。
予定よりも少し遅い時間となったのは、三人の浅い眠りのせいだった。
莉玖(りく)は黒いコートを羽織った。
昨日の戦闘で、擦り切れ汚れたものではなく真新しい感じがする黒のコートだった。それは、この家が暮葉の隠れ家として機能していたころに残されていったものだった。家の奥のクローゼットに掛けてあったもので、とてもきれいに保存されていた。
暮葉一族は昔から必ず黒い衣装を身に纏って仕事をするようにしてきた。その理由には二つある。
一つは夜陰にまぎれやすく、目立たず、返り血を隠すための戦闘衣として。
もう一つは喪に服すため。殺す者の喪と仕事に失敗した時の自分の喪に対して…。
暮葉の衣装は常に殺す覚悟と、殺される覚悟を示していた。
「いけるか?」
莉玖はコートの襟を正して、久苑と朔を肩越しに見た。その顔はこれから起こることを考えているのか、いつにもなく不機嫌そうだ。
「あぁ」
「いけるにきまっている!」
久苑(くおん)は微笑み、朔(はじめ)は睨みつけて返答した。
莉玖は鼻を一つ鳴らすと、振り返らずに玄関のドアを開けた。
日が高く昇った昼、十二時。
一区は昨日の事件で持ちきりだった。
普段は世間の流行や、話題など気にもしない白鷺の科学者たちもさすがにこの事件の事は気にしていた。
今まで、0区からこの一区に侵入できた者などいなかった。それに0区は無法地帯として知られている。どんな極悪人がこの地に入り込んだのかと、みな戦々恐々としていた。
それでも、研究所(ラボ)内では通常の業務が行われていた。
最近、白鷺が手掛けているプロジェクトの中でも、異色の研究がこの本社に隣接して造られた研究所で大きな山場を迎えていた。
今日の日暮れまでにすべての工程を終わらせなくてはならないので、噂話をしながらも研究員たちは昼休みも取らずに、せわしなく働いていた。
だが、突如、研究所の電源がすべて落ちた。
「なんだ!何が起こった」
「データは!」
「非常電源があるはずだ!」
しかし一向に電気は復旧しない。
ざわざわと研究員たちの不安が募っていったその時、研究所内の非常ベルが鳴り響いた。
研究所に黒い獣の群れと鳥の群れが入り込み研究員たちを襲い、外へと追い立てる。
「きゃぁあぁー!」
「うわぁ!なんだいったい」
「…助けて!」
パニックに陥った研究員たちはみな入口の方へ我先にと逃げまどう。電気の落ちた暗い研究所から抜け出そうと、光のある入口へ向かった。
そこで研究員たちは甘い匂いをかいだ。一人また一人と倒れていく。甘い香りは、通気口や換気扇を通って研究所内に広まっていった。
そして、あれほど大勢の人がいた研究所から、人の声が聞こえなくなった。
「絶大な効力ね」
朔は地下から一階へと通じる非常階段の端からその様子を伏せながら見ていた。
久苑の持つ香に火をつけて煙を出し、香りを充満させたのだ。
「誘眠香(ゆうみんこう)。簡単に言ったら嗅いで眠れる睡眠薬だね」
からころと笑って久苑はその香の火を消して、小瓶の蓋を閉めた。
横で眺めていた莉玖が立ちあがって、階段を上りきった。一階には、香の効果で眠った人々が横たわっていた。
二人も立ち上がって後を追う。
昨日と同じで三人は地下道を通ってここまでやってきた。昨日の事件のため、白鷺の張った厳重な警備を避けながらここまで来たので、思いがけず移動に時間を取られてしまった。
三人は研究所のそばを通る地下道から壁を壊して侵入し、地下の電源施設を破壊した後、久苑の式と香の力を借りて、できるだけ事を荒立てずに研究所に侵入した。
電気の落ちたままの研究所内は暗く、電源内蔵型の非常灯が足元を照らすためだけの光しかなかった。
莉玖達は研究者たちが逃げ出してきたメイン研究室に向かって急ぎ足で歩いて行く。
メインコンピュータから旺の居所を引き出すつもりである。電源は落ちているがここは研究所である。非常用の電池がその辺にあるだろう。それに、今白鷺のしている研究を莉玖は渡吏として潰すつもりをしていた。
三人の目の前に開かれたままの大きな自動ドアが現れた。
研究室への入り口だ。電源が落ちたときに止まってしまったものを、久苑の式たちがこじ開けておいたものだ。
暗い入口から流れてくる空気が妙に冷たい。
朔は背中を這うようにのぼってきた悪寒に身を固くした。
何だろう…すごく……吐き気がする。朔は顔をしかめて、うつむき加減になり、口元を押さえた。
この研究所に入ったときから、何とも言えない寒気と頭痛がしていた。足手まといになりたくなかったので、二人の手前平気な顔をしていたが、今この部屋を前にして、一気に体の中をめぐる何かが暴れている…そんな感覚が朔を襲っていた。
「いくぞ」
立ち止まっている朔を振り返り見て、莉玖は怪訝そうな顔をした。 暗くてよくわからないが、どうにも様子がおかしかった。
しかし、ここで立ち止まるわけにもいかなかった。
朔は首を縦に振って、後について中に入った。
三人がメイン研究室に足を踏み入れたとき、それまで落ちていた電気がついた。
莉玖は電気がついた瞬間に舌打ちをして、刀の柄に手をかけた。
「……はめられた」
久苑が思わず渋い顔をして、漏らした。
しかし、朔はそんなことよりも、自分の目に飛び込んできた室内の光景に目を見開いて、たじろいだ。
円柱型のガラスケースに、管を通され、特殊な液体に浸かった異形の数々がそこに並んでいた。いくつものケーブルが異形の存在につながれて、それぞれがコンピュータにつながっている。
異形は鬼もいるし、中途半端に人の形をしているものもあるし、いくつもの生物が合成されてできたようなものもあった。
その光景は異質…そのものだった。
朔は呼吸が荒くなり、息を吸う度に吐き気と頭痛がひどくなっていく。
「また、お会いしましたね」
ガラスケースの影から、穂積犀璃(ほづみさいり)は毒々しい笑みを浮かべて三人の前に現れた。
莉玖達は、発電システムを潰して、非常電源をオフにしてきた。しかし、今電気が復旧したということは、第三者が非常電源をつけたことになる。
それに、この研究所は久苑の誘眠香が充満している。久苑の持つ中和剤を嗅いでおくか、もともと、薬に対して訓練されてものでなければ、この状況でこの場に立っていられるものはいなかった。
前者は第三者には不可能。つまり、後者―訓練された者―影牙の構成員がこの場にいるということだった。
「あなた方なら、必ずここに来ると思っていました」
待ち伏せ。ここに莉玖達が来るとはって、待っていたようだった。
「穂積…」
「部下たちには入るなと言ってあります。なにせ、巻き込まない自信がありませんから」
けろっと言ってのけるその眼は冴え冴えとしている。
睨みあって両者は動かなかった。空気が張り詰めている。
その時、どさっと、人の崩れる音がした。
朔が膝をついて、がたがたと震えていた。その顔は蒼白で、荒い呼吸とともに喘ぐような声が漏れる。
「あっ、あぁぁ…うっ…ぐうぅ…あ…」
焦点が合わず、濁ったような色をした目が虚空を見上げた。
「朔!」
久苑が焦ってその肩に触れようとしたとき
「うわあぁあぁぁ…!」
朔が叫び声をあげた。と同時に、大きな風が起こった。
「うわぁ!」
思いがけない強風に久苑は体を吹き飛ばされ、機械に思いっきり背中をぶつけた。激しく打ち付けたせいか、すぐに起き上がれそうになかった。
研究所のガラスケースが風圧で割れて、ガラスが飛散し、中の溶液があふれ出ている。
「これは…!」
莉玖は手で顔をかばいながら、眉間にしわを寄せ、険をはらんだ声を発した。
朔の周囲を黒い靄が渦巻くようにして覆っていた。
朔は混濁する意識の中で、自分の中の抑えきれない何かに体が食い破られるような感覚に身もだえていた。
「なるほど、これが彼女の能力ですか」
感心するように穂積は目を細めた。
「……渾(こん)…か!」
歯噛みして莉玖は穂積を睨みつけた。
穂積は何も言わずただにたりと笑うだけだった。それは肯定を表していた。
莉玖は舌打ちして、刀を抜いた。
「ずいぶん早い判断ですねぇ」
穂積は莉玖が刀を抜いたことで、朔を殺すことにしたと思ったらしい。少し嫌味っぽい口調で莉玖の前に立ちはだかった。どうやら、穂積たちは朔を殺させたくないようだった。
「誰が殺すっていった。止めてやるんだよ。黙って見てろ」
語気を荒げて、莉玖はギロリと鋭い目で穂積を睨みつけ黙らせた。
朔を包む黒い靄は広がる一方で、巻き起こる風も、どんどん強くなっている。
朔は獣じみた声をあげて、見開いた目から涙を流していた。朔の抑えようとする意識と、体からあふれ出る原因のわからない力とがせめぎあい、朔の体を蝕んでいるようだった。このままほっておけば確実に朔は体の中からばらばらにされるだろう。
莉玖は刀を青眼に構えた。莉玖の漆黒の瞳がその色を深くしていく。底のないその瞳は、感情を消していっているようだ。
鋭い気迫を醸し出し、莉玖は床を蹴った。
音も無く目の前の黒い靄を切り裂いた。
切り裂かれた靄は、莉玖の事を敵と認識したのか、一斉に襲いかかってきた。
莉玖は、向かってくる靄を横に薙ぎ払い、続けざまに袈裟がけに斬りあげた。靄を裂きながら、朔の方へと進んでいく。そして、目の前までやってきた。
朔の涙に濡れ、焦点の合わない瞳が莉玖を捉えたその時、朔の叫びと共に黒い靄はその形を鋭い刃へと変えて莉玖を襲った。朔の意思とは別の意思が莉玖を殺しにきた。
莉玖は、かまわず前へ出て、朔に近づいた。刃を紙一重でよけ、莉玖は、朔の目を覆うようにその左手を額にあてた。
主亡き 迷いし気の元 吾(あ)が糧と化し 凪となれ
莉玖の言霊に吸い寄せられるかのように朔の体から漏れていた黒い靄が、莉玖の左腕に纏わりついてそのまま消えていった。
「莉…玖……」
朔は暴走する力の渦から解放され、ぐらりと体を崩し、そのまま意識を失った。
倒れる前に、久苑がその体を受け止めた。
「ぐっ…痛ぅ……!」
痛めた背中にひびいたのか、久苑は眉をひそめた。
「渡吏とは気を喰らうこともできるのですか…」
面白そうに、穂積は一連の莉玖の動作を眺めて感想を漏らした。
陰の気を司る渡吏は、陰の気を操ることに長けている。
禍々しいことのあった跡地などに、よく陰の気が溜まることがある。そう言った気を自分の中に取り込み昇華させることも仕事の一つだ。もっとも、その力の容量は生まれ持つ力量によるのだが。
「久苑…結界張って、そいつの面倒頼む」
莉玖は、穂積に向き直って刀を握りなおした。
「わかった」
久苑は翡翠の勾玉が一つ付いた水晶の数珠と呪符を取り出した。久苑は呪符を細かく破ると周囲にまいた。
「絶!」
数珠を左手にひっかけて、刀印を横に切ると、呪符に沿って透明の結界が久苑と朔を外と断絶した。
「呪具使ったから、本気…出していいよ」
「そのつもりだ」
莉玖は言霊を唱えると、緋鳶をその身に依らせた。一気に場の空気が変わった。
呪具は陰陽師の力を強める役割を持つ。久苑の力なら呪具を使わずとも結界を張ることは可能であったが、莉玖が、本気で鬼の力を使う場合は完全に外界との断絶をはかる方が安全であった。
濃い陰の気にのまれると、また朔の暴走が起こりかねない。
今、この研究所は陰の気で満ちている。鬼の存在と、ここで行われていた研究のせいだ。鬼や異形といった、陰の気で動く者たちの研究をしており、かつ、その研究内容はおそらくまともではなかったことだろう。
だから、朔は陰の気に当てられ共振を起こしてしまったのだ。
…まさか、朔が渾だったなんて…うかつだった!久苑は腕の中でぐったりしたままの朔を見て奥歯をぎりぎりとかみしめた。
「渾…一億、いや一兆分の一の確率でしか生まれないとされる、極めて稀な存在…。彼女を入口にすれば、容易く反転などできるでしょう」
「…お前たちの狙いはやはり……それで、こいつをつけ狙ってたってわけか」
穂積の言葉に莉玖は眉間にしわをよせ、低い声音を発した。その語気は怒りを含んでいるようだ。
穂積と莉玖は、お互いに間合いを計りながらじりじりと殺気を放っていた。
朔の壊した、ガラスケースから液体の滴が一つ流れ、床の水溜りの中へ落ち、音をたてて弾けた。
その一瞬を逃さずに双方は一気に相手に飛びかかった。
莉玖は真正面に構えていた刀を、大きく振りかぶって、そのまま振り下ろした。穂積は義手で受け止めそのまま、その力を流すようにいなした。
莉玖の体が、力の流れる方向に傾くと、穂積は間髪入れずに左蹴りで莉玖の右側面をつぶしにきた。
莉玖は重心を置いていた、右足を軸に、穂積の攻撃を上に跳んでよけた。よけざまに、刀から手を放して、上から穂積の肩をつかむと、そのまま投げ捨てた。
穂積の体が空中に投げ出されて、大きく飛ばされ、思いっきり床にたたきつけられた。
忠光が音をたてて床に突き刺さった。
莉玖は着地すると、忠光を手に取った。
穂積はむくりと起き上ると、恍惚の表情を浮かべていた。
「楽しい…楽しいですねぇ……ここまで私と互角にやりあえる人間はあなたぐらいですよ」
くつくつと笑いながら、穂積はその姿を徐々に変化させていった。
放たれる殺気に呼応するように、髪の毛が毛羽立ち、筋肉が膨れ上がっていく。肌が赤黒くその色を変え、黒に近い灰色をした二対の角がその頭に現れた。目も充血して、眼光は狂ったような光を宿している。
穂積は鬼化すると、にたりと嗤って床を蹴った。その姿が一瞬消え、次の瞬間義手に仕込まれた刃で莉玖を襲っていた。
莉玖は刃を忠光で受け止めた。
穂積はひるむことなく、そのまま両腕で莉玖にラッシュをかける。
結界の中で、じっとその様子を見ていた久苑は、腕の中の朔が身じろぐのを感じ、はっと視線を下げた。朔の意識が戻った。
「久…苑」
「よかった…」
そろりと開けた朔の目に映ったのは久苑のほっとしたような笑いだった。
朔は激しい金属のぶつかる音と、凄まじい気迫の声のする方に目をやった。莉玖が穂積と闘っている。目では追い切れないほどのスピードで技が繰り出されていく。
「朔…どうして、僕らに渾であることを黙っていたんだ?」
久苑は眉根を寄せて、朔を見た。
朔はびくりと体を震わせた。泣きそうな顔になって、なにも言葉を発しなかった。
久苑はため息をつくと、真剣な目をした。
「人は、『陰陽の気』どちらも持つ極めて不安定な存在だ。だから、あんな風に、鬼に堕ちたり、悟りを開いて神化したりすることがままある」
久苑は鬼化している穂積や莉玖のほうを見やった。そして、朔の方に視線を戻した。
「でも、人はその根源として陰陽どちらかの気の流れ、質を持って生まれる。それは、天性のもので、誰にも操ることはできない。…渾…その稀有な存在は、生まれながらに気の根を持たぬ者。周囲の気を飲み込み増幅させて、気の力を暴走させる不安定な者」
朔が先ほど起こした暴走は、この研究所に充満する陰の気に当てられて、その気を取り込み体内で増幅させて放出させたものだ。
朔を取り巻いていた黒い靄は、陰の気が視覚化したものだった。
「知っていたなら、こんなに迂闊に力を出させたりしなかったんだ」
久苑は悔しそうに顔を歪めた。
もう一歩で朔が死ぬところだった。
陰陽師は陰陽の気のバランスを保つ者。人の気を調整する術も持っている。早くに気付いていたなら、久苑が術で何らかの手立てをしていたものを…。
「……ごめん、なさい…」
朔は今にも泣きそうだった。
久苑はやさしく微笑んで、しっかり抱きしめた。
穂積の身体は鬼化することで速さも力も増し、その肌も硬質化していた。
「ちっ!」
莉玖は舌打ちをしながら隙の出た穂積の下腹部を蹴り飛ばして、間合いを取った。
莉玖の体に幾筋かの切り傷ができていた。
穂積はその身に傷一つ付いていなかった。
「さて、あなたにもう一度名乗りましょう」
穂積は、殺す相手に自分の名前を教える儀式を持っていた。ここで改めて名乗るということは、莉玖を殺せると思っているからか…。
「影牙筆頭・穂積犀璃…あなたを殺す者です」
莉玖は手の甲の血を一度嘗め一つ息をつくと、左眼の紅い色がその色を増し、銀の髪がなびく。
「残念だったな…冥府が渡吏・暮葉莉玖、俺はお前を狩る者だ」
莉玖の構えが変わった。
刀身を腰の鞘に直し、左手は鯉口を切った状態で、右腕はだらりと斜めに下げた。体が少し、前のめりになっている。
「参る…」
莉玖の口から洩れたのは緋鳶の声だった。
莉玖の姿が消えた。
次の瞬間、ゴトっと、穂積の義手が切り落とされた。それは十年前に、莉玖が穂積の右腕を切り落とした時と同じだった。
「…!」
さすがの穂積も驚愕した。すぐに体勢を立て直そうとしたが、遅かった。
無数の斬撃が、穂積の体を切り裂いた。穂積は全身から血を噴き出し、体勢を崩した。
そして、最後に、後方から一撃。
緋鳶は胸を貫いて耳元で囁いた。
「あまり鬼(わし)をなめるなよ。餓鬼が…」
そして、莉玖が笑った。
「冥界の王に会ってこい」
彼(か)が咎(とが)を払い 清雪(せいせつ)せよ
浄火(じょうか)に焼かれ 天元(てんげん)と帰せ
莉玖が言霊を叫ぶと青い炎が穂積の身を包んだ。
「ぐわぁあぁあぁぁぁー!」
穂積の断末魔が響く。
刀を引き抜いて、莉玖は、床に挿した。すると研究室の四方八方に青い炎が伝わり、一気燃え上がる。実験体や機器を燃やしていく。
朔は呼吸が楽になるのを感じた。
「ぐっくくく…これが鬼の力……しかし、あのお方の計画は阻めるのでしょうか……ふふっ、ふはははは……!」
穂積は意味ありげに笑いながら、粒子と化し消えた。
「さて…」
莉玖は力を納め、朔に向き直った。
「この馬鹿が!」
一言大声で怒鳴りつけた。そのあとは何も言わずに不機嫌そうに眉間にしわを寄せてその場に座り込んだ。朔の回復を待つようだった。
朔は、莉玖の放った青い浄火がここの気を清めてくれたおかげで、しばらく休むと、かなり回復した。もともと治癒力に長けた天宮の一族なので、傷もその力で、癒えていく。
朔は自分の傷が癒えると、久苑の痛めた背中を治癒した。そして、莉玖の手当もしようとしたが、あの無数の切り傷は、すでに無くなっていた。鬼の力を使うと、自己治癒能力も上がるらしい。
傷の癒えた久苑が研究所のデータから旺の場所を割り出した。
「麗しいお姫様は最奥に…てか」
莉玖は首をコキコキと傾けてほぐしながらふざけて笑った。
メイン研究室を出ると、影牙の構成員たちがぞろぞろと雁首をそろえ待ち構えていた。
「ここより先は通すわけにはいかない」
「しかたねぇ…相手してやるよ!」
莉玖はにやりと笑うと敵の中に飛び込んでいった。
そこからは、混戦の上を走りぬけて行くことになった。
だが、研究所の最奥に近づくと、逆に敵がいなくなっていった。
さすがの三人も研究所の最奥に着くころには息が切れていた。
そして、その部屋を、前にした。
そこには……
「…そ、蒼真(そうま)さん」
朔は声を震わした。
部屋の前の鉄の扉にもたれるように、スーツ姿の青年が刀を抱き、座っていた。すくりと、蒼真は立ち上がり、三人を順に眺めた。
「十年か…案外変わんねぇもんだな」
莉玖が鋭い目で睨みつけた。
蒼真は困ったように笑った。
「……久しぶりだな。莉玖、久苑…」
仙堂蒼真(せんどうそうま)。
神官家の中で、高い武力を持ち、ほかの三家を守護する一族の次期当主…。
十年前、莉玖たち暮葉一族を殲滅した張本人であり……
莉玖と久苑の親友だった男…
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