夕方、「さざ波」の店に中型のトラックがやってきた。中から降りてきたのは朔(はじめ)と春香(はるか)だった。
「さざ波」はいつもより早く、商い中の看板が外されていた。
二人が店の中に入ると、莉玖(りく)達がカウンターに座って待っていた。
「やっと来たか」
莉玖は毎度のごとく不機嫌そうな顔を向けた。
「やっとって…時間前には着いたでしょ?」
春香は呆れた顔をした。
「予定時間の3分前だ…ギリギリだな」
誠一(せいいち)にまでたしなめられてしまった。
「とにかく、間に合ってんだからいいじゃない!」
今度は頭をぐしゃぐしゃと掻いて面倒そうな顔をした。
「そうそう、春も朔も今ここにいるんだからいいだろ?」
朗らかに久苑(くおん)がフォローを入れてくれた。
時刻ギリギリになったのは、朔と話し込んでしまったためだった。
おもむろに莉玖が立ちあがった。
「そんじゃ、計画通りによろしく頼む」
莉玖の言葉は春香と誠一に向けられた言葉だった。
らしからぬ言葉に、春香と誠一は顔を見合わせた。
莉玖はいつも人に頼むような物言いはしなかった。
追いかけて出ていった久苑が莉玖の顔を見ると、少し悔しそうに顔をゆがめてうつむいているように見えた。
久苑の気配を感じて、いつものような無表情を取り繕ったが逆にその姿は苦笑をさそった。
今回、一区に行くためには春香たち二人の協力無しではいけない。いつもならこう言った言葉をかけない莉玖もさすがに、ことが大きいだけに二人に対して「頼む」と言ってしまった。
頼むから生きて帰ってくれってことなのかな?そんな風に推測すると何ともひねくれて、素直じゃないことだと久苑は笑いがこみ上げてくるのだった。
「私からもあらためてお願いします。……どうか御無事で」
朔は一礼すると莉玖達の後を追って外へ出ていった。
用意されたトラックの荷台に息をひそめることになる莉玖達三人は、運転席に座る春香とはもう話す機会がない。そのためここで言っていったのだった。
「……どうせ、ついて来てくれるんでしょ?」
軽く肩をすくめるようにして春香は誠一に笑いかけた。
「あぁ、親父さんとの約束だ」
誠一は、春香の頭をくしゃりと撫でた。
春香の父・啓介は生前に誠一に一つだけ頼みごとをした。それは、啓介亡きあと誠一に春香を守ること。誠一にとって、春香の父親は恩人であり、本当の親のような存在だった。春香も、実の妹のように思っている。その恩人との約束を、たとえ命を落とすことになっても違えるつもりはなかった。
もうそういう歳ではないのだが…と思いながらも、昔よくこうやって撫でてもらっていたことを思うと春香はいやな気分じゃなかった。
年は一つしか変わらない。それでも、誠一の方がどうしてもお兄ちゃんの雰囲気を醸し出すのだ。小さいころに、春香の父・啓介が拾ってきた一つ年上のその男の子は、春香にとっては兄弟のようでいて……それでいて…大切な人だった。
「来る前に…ハジメにね、十年前のあの日のことを話したの……あの時逃げなかった父さんの気持ちが今はわかる気がする」
「…お前は、あの人の娘だからな」
誠一は困ったような笑顔を向けた。
「そうね……。莉玖も久苑も帰ってきたときには、しこりが抜けてるといいんだけど…」
「まず、俺たちが生きて帰らないといけないだろ?」
二人はお互いを見合って、ふっと笑った。
「あ〜あ、三人から協力した報酬ふんだくんないと」
「危険手当も付けねぇとな」
二人はくすくす笑いながら、並んで店を出た。
夕日に照らされ伸びる二人の影に映ったその足取りは、軽いものだった。
ゴトゴトと揺れるトラックの荷台の中は静かだった。
三人は荷台の壁を背に、並んで座っていた。
さざ波を出発してどれくらいしただろう、暗さと静けさから時間感覚が狂っていた。おそらくはほんの数十分程度だったのだろう。だが荷台の中に立ちこめる緊張が、何時間もたったように感じさせていた。
その静けさを破ったのは意外にも朔だった。
「……十年前の話…春香さんのお父様が亡くなったこと…聞いた」
莉玖は眉間にしわを寄せ、久苑は少し驚いたような顔になった。だが、荷台は暗くて、どんな表情をしたか朔にはわからなかった。
「…同情でもしたのか?そんなものなら、願い下げだ」
莉玖はまるで吐き捨てるように言った。
佐々山啓介の死は彼自らがそこに至るまでのことをすべて選び取った結果だった。
0区では自分で選びとったことに責任を持たなければならない。たとえそれが自らの死につながることであったとしても…。その思いを無視し、自分たちのせいだと思うことは、ただの思い上がりで、結局はその人を薄っぺらな同情でしか見ないことになる。
そうではない。人の死を、そんな風にみるのではなく、その人の選びとってきたことを、生きてきた軌跡を、忘れずにいることが大切なのだ。そして、自己の糧とする…。
0区で生きるものは何に対しても貪欲だ。だからこそ、生も死も真剣に受け止めている。
誰もが命を背負って生きている。
莉玖も久苑も啓介の死を背負い、春香と誠一の思いを受け止め、今、自分のためそして死した者のために生きている。
だから、莉玖は朔に言い方は悪くとも同情するなと言ったのだ。
「同情…してないって言ったら嘘になる。ただ、聞いて…よかったって思った」
「よかったってのは?」
朔の言い方がよくわからなかったので、久苑はそのまま聞き返した。
「…みんなが巻き込まれたのではなく、自分の思いがあって手伝ってくれてるってことに対して」
一瞬虚を突かれたように、二人は朔を見た。
「私のせいで、誰かの普通を壊すことが怖かった。でも、今はそれぞれのために動いてるってわかって、私も自分のために動いていいんだって思える」
「………」
「利用されているとは思わないの?」
朔の確信したような言葉にうつむいた久苑は訊いてしまった。自分が朔を利用していると感じていたためだろうか。
「利用?されているの?………よくわからないけど、自分たちの目的のためにそれぞれが動くのは悪いことかな」
すっとボケたような答えに莉玖は笑った。
「馬鹿が」
「また、そう言うこと言って」
久苑は呆れた風に言った後で苦笑していた。
強いなぁ…久苑は心の底から思ったのだった。
「馬鹿って……」
朔は半眼になった。春香から莉玖はやさしいと聞いて少しだけ評価を変えようかと思っていたが、その考えは霧散してしまった。
「……お前は旺を助けることだけを考えてろ。でないと、一区にもいけねぇかもな」
莉玖の嫌味っぽく言う顔が見えないだけ救いだった。もしも見えていたなら、きっと朔は莉玖に食ってかかっていたことだろう。
荷台の空気は先ほどまでの緊張が嘘のように、今は穏やかだった。
だがそれも、トラックが停車すると同時に消えてしまった。
《扉(ゲート)》を管理する白鷺の区間貿易センタービルについたのだ。
この0区はもともと一区の付属都市として機能するはずだった。しかしその都市の建設途中に戦争がおこり世界…日本の情勢は最悪を極めてしまった。そして放棄された0区は、無法の地に先端技術の粋が作りかけとはいえ集まっていたことから、立て直していく日本からはみ出した者が集まっていく場になってしまった。
区間貿易センタービル。
この施設は都市計画の初期段階で作られていた区と区の間での商品取引をする場であり、0区と化した今なお、その役割は変わらず一区と0区との間での貿易を司る唯一の場であった。
ここで流通するのは普通の日用品から、危険な武器・ドラックまで多岐にわたっていた。
「身分証と許可証を提示しろ」
春香は守衛に身分証明と貿易センター発行の通行許可証を提示した。それを預かると、守衛はにかっと春香に笑いかけた。
「春、久しぶりじゃないか。今回は何持って来たんだ?」
0区には基本的変わり者が多い。その中には、かつて天才とばれたものの、その性格の悪さから放逐された科学者たちや職人たちがごろごろいた。そういう人間の知識や技術を売りに行くのが春香の商売だった。
また、0区には一区の下請けをしている連中もいる。春香はそう言う連中の品物を運ぶ、運び屋業も請け負ったりしている。
一区に行きいろいろな品物を持ち帰っては、守衛たちにも売り歩いているので、春香は守衛たちとかなりの顔なじみだった。
「田端っていう科学者の作った新型の武器。他にもいろいろ。中には核並みに危険なものもあるわよ」
春香は冗談っぽく肩をすくめて言って見せた。
実際、核よりもたちが悪いものを乗せているのだか……。
「はは、そりゃいい。また上物を持って帰って来てくれよ」
窓からひらひらと手を振り、守衛の開けてくれた通路をトラックは走っていった。
そこからトラックは二度停車した。
一度目は、春香と誠一の身体検査のため。二度目は積み荷の種類及び、その出所から取引先までのルートをこと細かく書類に記載するためだった。
二度目の停車の後、トラックが動き出すと久苑は莉玖と朔にそれぞれ呪符を手渡した。
「不可視符(ふかしふ)。それを軽くくわえておいてくれれば常人の目には僕らの姿が見えなくなる。次の停車で、検査役人がこの荷台に入るから準備しておいて」
久苑は続けて腰につけた小さい鞄からガラスの小瓶を一つとりだした。小瓶の蓋(ふた)をあけ少量手に取ると、荷台の中にまいた。
かぐわしい香りが充満した。
何をしたのかと朔が聞こうとした時、莉玖が手を出し朔を止めた。
次の瞬間、トラックが三度(みたび)止まった。
三人は、呪符をくわえ息を殺した。
外で春香と役人の声が聞こえた。話しながら、荷台の入口に近づいてくるのがわかる。荷台の扉を開けた瞬間にチカっと光った。懐中電灯の光が中に差し込んできたのだ。
朔は思わず息を止め、身を固くした。しかし、莉玖はいたって余裕の表情だ。久苑のことを信頼しているからだろう。
扉が大きく開けられ、中にこもっていた空気が外へ逃げていく。トラックの中にこもっていたあのかぐわしい香りが空気とともに、入口の方へと流れていく。
入口にいた検査役人三人は、香りに一瞬気を取られたかと思うと、すぐにとろんとした表情に変わった。口元がゆるみ、目も虚ろだ。まるで酒に酔ったようだ。
そのまま、検査役人はたいしたこともせずに扉を閉めてしまった。
久苑はすぐに、新たな小瓶を取り出しその粉をまいた。今度の粉は香りがしなかった。
「もういいよ」
久苑は二人に笑いかけた。先ほどまいた粉は先の粉の中和剤だった。
くわえていた呪符を放し、二人は息をついた。
「さっきのは一体……?」
「あれは、『香(こう)』だよ」
こう…久苑の答えを朔は口の中で繰り返した。
「陰陽師の使う香は、簡単にいえば薬…いや、毒に近いかな」
さまざまな香料・薬品を混ぜ、お香として嗅がせることで、相手に幻覚を見せたり眠りを促進させたりといろいろなことができる。
もちろん、妖怪変化の類に対して破(は)邪(じゃ)退(たい)魔(ま)の力を持ちそれに利用される香も多くある。
「おい」
莉玖が二人にそれぞれ目配せをした。久苑も朔もはっとしたように顔を引き締めた。
第三の検問を過ぎれば後残すは《扉(ゲート)》前の熱検知だけだ。もう間もなく着くはずだ。
勝負はここからなのだ。
《扉(ゲート)》は0区と一区をつなぐ海底トンネルの一区前にある鉄の扉から名付けられた通称だ。正確なこのトンネルの名前は区間連繋路(くかんれんけいろ)。
この連繋路の0区側には熱感知機と守衛のいるコントロールルームがある。ここの守衛達はあくびをしていた。
暇である。この《扉》が白鷺の配下に入って数十年が過ぎた。初めのころはそれこそ毎日のように不法侵入を試みようとする者がいた。しかし、一人また一人とセキュリティーにかかり、ただの肉塊に変わっていくと《扉》を破ろうなんていう馬鹿はいなくなってしまった。ここ数年、警報機は一度も鳴っていない。
今日も、いつものように過ぎていくのだとだれもが思っていた。
しかし、沈黙していた警報機が、けたたましい音を鳴らした。守衛達の眠気は一気に霧散して、慌てて立ちあがり、モニターに映る侵入者の文字と、問題のトラックを見た。
熱探知機が許可していない人間を三名とらえたのだ。
慌てて守衛の一人がアナウンスのマイクを取り、叫んだ。
「き、緊急事態発生!」
その瞬間、トラックが爆発した。爆炎と黒く立ち昇る煙の中から二台のバイクが飛び出た。フルフェイスのヘルメットをかぶった三人がバイクに乗っていた。
莉玖は煙幕を抜けると同時に、監視カメラに向けて発砲した。四台の監視カメラを破壊した後、赤い警報ランプで照らされる区間連繋路を、朔を乗せた久苑のバイクとともに走り出した。
莉玖は片手に銃を持ち、こちらに発砲してくるオートマチックを打ち抜いて先行していく。久苑は朔を乗せているため派手なことはできない。銃弾とレーザーをよけながら、莉玖を盾にする形で後ろについて走った。
しかし、《扉》のある一区側の警備がこの事態に対して白鷺の警備兵を大勢出し、車両も出してきた。
「ちっ、仕方ないなぁ…朔!しっかりつかまっててよ」
朔は久苑の腰につかまる腕の力を強めて、ぐっと奥歯をかみ締めた。
久苑は力が強まったのを感じると、大きく蛇行して莉玖と離れた。
莉玖は車両の方へ、久苑は兵の方へ向かった。
久苑は片手でハンドルを操りながらもう一方の手で刀印を作った。
「我が呼び声に応え馳せ参じよ 疾風(はやて)」
刀印で五芒星を空中に切ると、黒い鴉(からす)の妖(あやかし)が現れた。
「呼んだか、主よ」
青い目を持ち、人が一人乗れそうな体駆で、人語を操る鴉は久苑の式だった。式とは、陰陽師の使役する妖のことである。
「あいつら適当にいなしてくれ。ただし、殺すなよ」
「心得た」
疾風は大きく羽で風を起こし加速した。ギラリと青い瞳が妖気と呼応するようにその色を深くした。
通常、妖怪変化といった類の存在は、一部の見鬼の者にしか見えない。しかし、疾風のように、名を持ちなおかつ強い妖力を持つものは常人の目にも映る。見たこともない化け鴉に警備兵たちはうろたえ、一斉に発砲した。
しかし、疾風の起こす風の刃に阻まれて弾は砕け、兵たちも次々になぎ倒されていった。
一方の莉玖は、装甲車両二機を前にバイクを降り、対峙していた。
装甲車相手に刀一本で立ち向かおうとするその姿は、はたから見ればただの馬鹿でしかない。
そう、それがただの人であったなら。
吾(あ)が仇(あだ)なるものを 殲滅(せんめつ)せん
其よ 紅(くれない)をともし 真(まこと)が姿を顕現(けんげん)せよ
莉玖の手に握られた忠光から、紅蓮の炎が立ち昇った。
刀が不可解な発火をしたことに、車両に乗り込んでいた兵たちは驚きを隠せなかった。
そして莉玖が一歩踏み出すと言いようのない悪寒が彼らに走った。砲手は恐怖心から莉玖に向けて砲を発射してしまった。
弾丸は莉玖のいた場所を正確撃ち抜き、大きく地面を削り取った。莉玖は跡形もなく消し飛んだように見えた…だが…
ガン!
中にいた兵たちが今度感じ取ったのは完全なる恐怖だった。
装甲車の天井に何か降り立った…
「じゃあな」
刀が振り下ろされ、その刀身に纏われた炎は装甲車をいとも簡単に包みこんだ。積まれていた火薬とガソリンに引火して大きな爆発を起こした。
莉玖は爆風に乗ってもうひとつの装甲車に乗り移った。そこで待ち受けていた兵が襲いかかってきた。しかし、相手の攻撃が当たる前に、その兵を莉玖は斬り捨てていた。
そしてそのまま中に入り込んだ。車内は異様な雰囲気だった。
兵たちの目に映っているのは、自分の死への恐怖だけだった。
それこそが、鬼の持つ闇の香り……
乱射される銃の音と悲鳴と一人また一人と床に倒れていく音。
血の海が出来上がり、そこに立っていたのは、ヘルメットで顔が隠れなんの表情も読み取ることのできない莉玖ただ一人だった。
二つ目の車両を内部から爆発させると、その爆風を利用して今度は《扉(ゲート)》の前に莉玖は降り立った。
「来たな」
莉玖は後ろから聞こえてくるバイクの音に振り返った。
一直線にこちらに向かってくる久苑と朔は止まるどころか加速しているようだった。
莉玖は刀を突きの構えに取った。周りで《扉(ゲート)》を守る兵が銃を構える気配がしたが、莉玖は全く動じずに構えを崩さない。無数の銃弾が莉玖に襲いかかろうとしたが、風が莉玖の周りに立ち込め、盾となっている。疾風だ。
莉玖は呼吸を整えて、一気に力を解放し、突きを放った。
「虎轟穿(こごうせん)!」
炎の乗った突きは厚い一区への《扉》をひしゃげ、大きな穴をあけた。
文字通りこじ開けた《扉》を莉玖たちは一気に駆け抜けた。
三人は《扉》を抜けてすぐにあるエレベーターの中に転がり込んだ。エレベーターは一区にある区間貿易センタービル一階までの直通のエレベーターだ。《扉》はおよそ地下三階に位置する。
「ぷはっ…はぁはぁ……」
かぶっていたヘルメットを外して、朔は大きく息をついた。激しい緊張と慣れない戦場の雰囲気に思いのほか体力を削られていた。
「大丈夫?」
同じくヘルメットを外して心配そうに久苑が朔の顔を覗き込んだ。
「平気」
キッとした目を向けて朔は顔をあげた。そして、目の前にいた莉玖をみて、ぎょっとした。
莉玖の体とヘルメットには無数の返り血が付いていた。それに…
「その眼は……」
怪訝そうな目で莉玖の顔を見た。左目が紅くその色を変えていた。
「あぁ……鬼力が強まると紅く染まるようになっている」
左手でなぞるように左目に触れた。
「俺は、この身に鬼を宿している。さっき、その力を少し引きだしたからな」
「緋鳶は呼び出さなかったんだな」
「ただ人相手に使えるか。こいつで十分……」
忠光を掲げて見せようとしたとき、言葉を途中で切ってエレベーターの中央にいた朔を壁の方に突き飛ばした。
「わぁっ!」
突き飛ばされたと同時にエレベーターが一階に到着し扉が開いた。
瞬間、無数の銃弾が撃ち込まれた。
莉玖がとっさに閉のボタンを押して一時しのぎに扉を閉めた。
鳴り響く銃声。鉄の扉に当たる無数の銃弾がすさまじい音を発していた。
一区に抜けたはいいが、区間貿易センタービルは《扉》からの連絡ですでに包囲されて、出口は封鎖されていた。
「ここを出て、左隅にもうひとつエレベーターがある。これから一瞬だけ隙を作る。一気に走れ」
言うだけ言い置いて莉玖は一瞬銃声がやんだ時を逃さず、開のボタンを勢いよく押し、天井の照明と私軍の中の主要な銃器をいくつも撃ち抜いて、壁となる観葉植物の裏に入り込んだ。
天井から降り注ぐガラスの破片に敵がひるんだその時、久苑と朔は弾幕をよけながら、エレベーターへと走った。
二人の目の前に無数の兵士の影が現れた。
朔は背中に背負っていた長い袋から咲親を取り出した。汗ばむ手で刀の柄を握り、くっと体制を低くして加速した。一気に間合いを詰める。
「はぁあぁぁ!」
そのまま流れるように五人の男を斬り崩した。
天宮流剣術・二の型柳雲華(りゅううんか)。多対一の時に用いるための技だ。
「上だ!」
莉玖が銃で応戦しながら叫んだ。
久苑がエレベーターに走って、上へのボタンを押した。扉が開くと、久苑と敵を崩した朔が中に転がり込んだ。
「禁!」
閉まりかけている扉の隙間に銃弾を撃ち込もうとした敵の攻撃を、呪符をもって久苑が入口に障壁を築き防いだ。
不可視の障壁に銃弾がはじかれたので、白鷺の私軍は狼狽した。
その動揺を見て、莉玖はにやりと笑い一足飛びに私軍の中央に飛び込んだ。
「紅蓮弧破斬(ぐれんこはざん)!」
刀から月の弧を描くように炎の斬撃が放たれ、白鷺の私軍を一掃した。炎が高く立ち昇りエレベーターの周りを囲む壁となった。炎の壁の内側にいる敵を切り崩し、莉玖は久苑たちのいるエレベーターに滑り込んだ。
三人はエレベーターで最上階まで上がり、そこから階段を使って屋上までやってきた。
「どうするつもり…これじゃあ逃げ場もない」
肩で息をしながら朔は莉玖達を見た。二人とも息一つ乱れていない。久苑が答えようと口を開きかけた。
突然、後ろから発砲された。朔の顔の横をかすめていった。敵が追い付いてきたのだ。
朔が後ろを振り返ろうとしたとき、腰から莉玖に抱えられた。
「うわあっ!」
後ろからの銃弾をよけながら莉玖と久苑は屋上の端に向かって全速で走って行く。銃弾をよけるため、朔はできるだけ体を小さくしようと肩をすぼめた。
「飛ぶぞ!」
朔は一瞬莉玖が何を言ったのかわからなかった。しかし、次の瞬間、体が浮いて一気に落ちる感覚が襲ってきた。
「きっ…きゃあぁぁぁ!」
区間貿易センタービル。その高さは地上四〇階、およそ一八〇m上空から莉玖達は隣の少し低いビルの屋上に飛び移った。
朔の絶叫に片目をすがめて莉玖は着地した。続いて久苑が着地すると、すぐにセンタービルの屋上からまた射撃された。
屋上を走りながらよける。
「もう一回飛ぶぞ」
「えぇっ!」
「舌噛むなよ!」
センタービルの包囲網の穴であるこのビルの裏手に向かって今度は飛び降りた。高さはまだ一〇〇m以上あった。
朔はぎゅっと目を閉じ莉玖の首にしがみついた。
千々なる骸を足元に 狂気の渦を飲み下し
紅く吾(あ)が手を染め抜けば 緋桜(ひおう)のもとで 舞い契らん
朔の耳に莉玖の厳かな声が聞こえた。
これは…言霊?閉じていた目をそっと開けるとざわざわと莉玖の髪の色が銀へと変化していっている。朔は目を見開いた。
「疾風―!」
久苑の呼び声に疾風が風を起こす。風が落下速度を少し弱めた。さすがに疾風の大きさでは人を三人も運べない。
地面が近づいてくる。
莉玖が刀を抜き構えた。
かっと鬼力を一気に押し高めて忠光から解き放った。膨大な鬼力と炎の渦が地面に打ち付けられ大きな衝撃波が走った。
白鷺の私軍がセンタービル一帯を捜索したが、大きな陥没穴を道路に残し、莉玖達の姿は消えた。
◆ ◆ ◆
「全く大失態ですね…たかが三人にここまでやられるとは」
穂積はあたりの被害を見まわして言った。
「たかが三人…しかし、その力は一騎当千に値する」
あの青年、蒼真は穂積の横で陥没した道路を眺め、その強大な力の痕(あと)に顔をしかめた。
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