二一××年。石油燃料の枯渇によって生まれた貧富の広がり。格差社会とエネルギーの争奪、政治の腐敗によって日本は混沌に包まれていた。日本は世界での生き残りをかけて企業がしのぎを削っていた。腐敗した政府が頼ったのは巨大コングロマリット九社だった。九社は日本を九つの区に分断しその支配力を強めていった。
ある時、旧東京を中心とした第一区にいる企業たちが新たな海洋エネルギーの試みとして巨大な人工島を相模湾沖に浮かべた。
ところが、その途中で第三次世界大戦が勃発し、計画の途中でその巨大な街は放棄され、世界の混乱とともに無法地帯と化し独自の社会を作り上げた。
最先端エネルギーを利用する荒廃した街。
日本から捨てられた街はこう呼ばれた……『第0区』と。
暮葉莉玖(くれは りく)は、機嫌がすこぶる悪かった。仕事が難航した割には、報酬はいまいちで、クライアントとももめて、おそらくもう二度とあの人から仕事の依頼は来ないだろうと考えていた。やけ酒のつもりで店に入り缶の酒を数本買い、いつもは通らない裏路地に入った。
今日はどうにもこの街のネオンが気持ちを逆なでする気がしたのだ。路地に入った瞬間に後悔した。いつものように帰ればよかったと。
少女が莉玖の肩先の服をつかみ今にも泣きそうな顔で、悲痛な声で懇願してきた。はっきりと聞き取ったその「助けて」という言葉の後、少女はぐらりと崩れ落ちた。
思わず受け止めたところ、ひどい血のにおいがして、すぐに肩からの出血だとわかった。このままほっておけば、確実に失血死する勢いで血は流れだしている。
この街では、女が人に助けを求めることなどよくあることだ。しかし、そんな弱者を助けているようなお人好しはそうそういない。莉玖ももれずにそんなお人好しではなかった。いつもならそのまま見捨てていくのだが今日はどうにも勝手が違った。
バタバタと五人の男が少女の来た後を追ってか莉玖の前に現れた。五人ともこのあたりでは珍しいきちっとした身なりで、黒のスーツに身を包み、おそらく上着の中には銃を持っているだろう。
「その女を渡してもらおう」
高圧的な態度で年かさの男が言ってきた。
「別にいいけど。俺はたまたまここを通っただけだから関係ねぇしな」
莉玖が腕の中の少女を相手の男に渡すと、なぜか胸の奥がざわついた。こういうときの嫌な予感はよく当たると莉玖は経験上よく心得ていた。
案の定、男たちは少女を確認すると莉玖に襲いかかってきた。少女を抱えた年かさの男以外の4人が上着から銃を引き抜き一斉に発砲してきたのだ。
すさまじい弾幕が地面や壁のコンクリートを削り、硝煙と混ざり合った煙が起こる。無数の薬きょうが地面に音を立てて落ちた。
「運がなかったな。目撃者は消せと言われているのでな」
年かさの男が煙のたった方を見て冷徹に言い放つ。ところが、次の瞬間男たちの表情が強張った。
莉玖が死んでいるとばかり思っていたところには莉玖の羽織っていた黒のコートが落ちているだけでそこに死体はない。そして、そのことに気を取られた一瞬、少女を抱えた男を残して4人の男が倒れた。
「…なにっ!」
驚愕している男の前に莉玖が立ちはだかり、眼前に銃口を突き付けた。
「俺も運がないって思うぜ。お前たちは喧嘩を売る相手を間違えた。しかも今の俺はサイコーに機嫌が悪い」
鋭利な瞳で、男を睨みつけた。
「我々に手を出すとは…。貴様どういうことかわかっているのか!」
「あんた達こそ、わかってないな。ここは『0区』お上も手を出せない無法の地。ここで残るのは強者のみ」
莉玖の口元が少しゆるむ。馬鹿にしたような嗤いがお前は弱者だといわんばかりだ。
「喧嘩を売ってきたのはお前らだ。悪いが俺の顔を見られているからな。消えてもらう」
「貴様…!」
男が怒気をはらんだ声を上げた。
鋭い一発の銃声が路地に響く。
莉玖の放った弾丸は男の頭を貫いた。鮮血が脇にいた少女にもかかる。
莉玖は少女を拾い上げ、連れて帰ることにした。厄介事を拾ったのは目に見えて分かっていたが、気になった。この少女を追っていた男たちはおそらく…。莉玖の脳裏に遠い過去の記憶が写る。
それにこの少女は、この街では珍しい仕立てのいい和装である。おそらく一区から逃げて来たのだろう。この地にわざわざ逃げてくるとは、何かが起こっているのかもしれない。
ポタリと頬に水滴がかかる。雨だ。
「ちっ。今日はつくづくついてないな」
雨の中ぐったりとした女を抱き抱え、コートを拾い、莉玖は家路を急いだ。
「う…うん…うぅ…ね、姉さん…!」
ガバリと少女は起き上った。ズキリと左肩に鈍い痛みが走った。
「う…っ痛!」
思わず左肩を抑えると包帯が巻いてある。よくよく気づくと、見知らぬ家のベッドに寝ていたようだ。しかも服を着ていなかった。
「きっ、きゃあ…!」
思わずブランケットで身を隠し、恥ずかしそうにうつむいた。
「ようやく目を覚ましたか」
少女が顔をあげると、彼女と向かい合うように椅子にもたれ足を組み、銃口を彼女に向けた莉玖がいた。莉玖は長めの前髪の間から覗く鋭い眼差しで彼女を見ていた。
「さて、俺はお前を助けた。血まみれで満身創痍のお前を雨の中ここまで担いできて、治療をし、丸1日ベッドを占領されていた。俺には聞く権利があるはずだな。おまえは何者だ」
彼女はぐっと身を覆っているブランケットを握りしめた。ここで話さなければあの銃口が火を噴くのだろう。でも…。と、彼女は思い悩み険しい顔でまたうつむき、一時、沈黙が下りる。
「いいだろう。まず言っておきたいことがある。お前を追ってきた連中だが、殺した」
彼女は、驚いたように顔をあげ莉玖を凝視した。
「殺さなければ俺が始末されていた。そして、お前もな。お前は俺に迷惑がかかるなんぞと考えているなら、もう遅い。お前がここにきて、俺に助けを求めた時点で、俺はあいつらの始末対象にされているんだからな」
どこか投げやりな感じで莉玖が言った。
「…申し訳ありません。できればどなたも巻き込みたくありませんでした」
彼女が重い口を始めて開いた。
澄んだ美しい声だった。
莉玖と初めてしっかりと目を合わせた。
彼女は腰まであろうかという長く美しい黒髪をしており、貧血気味のせいか青白い顔をしていたが、美人で、意志の強いきれいな黒い瞳をしていた。
「名を天宮朔(あまみや はじめ)と申します。故あって、第一区からここに追われてきました。お助けいただきありがとうございます。どうしても為さねばならないことがあります。ですから、ここで死ぬわけにわけにはいきません」
莉玖の目を見てはっきりと言った。
アマミヤハジメ…何の因果かねぇ…莉玖は胸の内でつぶやいて、顔にはおくびにも出さず、無表情のまま話を続けた。
「…やはり、第一区。お前の敵はどうやらこの日本の第一企業『白鷺(しらさぎ)グループ』らしかったからな」
「なぜそれを…!!」
「やつらお抱えの特殊機密組織『影牙(えいが)』…その名の示すとおり、やつらの影。やつらに仇なす者をかみ砕く牙。なんでもありの裏の連中。俺も裏の世界で生きている口なんでな。匂いでわかったよ」
莉玖は、うざったそうに前髪をかき上げ、頭をかいた。
「さて、政治・経済の中枢が集合し、この国の権力者たちの住む第一区にいたお姫様。しかも、あの天宮の人間。そして、うわごとで繰り返し呼んでいた『姉さん』全部話してくれるだろうな」
莉玖もまた、朔の目を見て問う。
朔は、形容しがたい感情がこみ上げていた。恐ろしくもあり、そして、今この状況で彼に出会えたことを幸運だと感じる、そんな奇妙な感情。
「あなたは…いったい何者なのですか」
「…リク。『0区』で生きるよろず屋さ。相応の報酬が貰えれば、なんでもするさ…探し物から殺人までな」
うすら寒い笑みを浮かべて言った。
「なんでも…ですか…」
「あぁ、そうだ」
朔はつばを飲み込んだ。ここで、この人に協力を求めてもいいのだろうか。いまだに下ろされない銃口。人を信用していない鋭利な瞳。でも…
「あなたにすべてを話しましょう。ですが、話すと同時にあなたに依頼したいことがあります。危険な仕事です。確実に命をかけることになります…」
意を決し朔はそう切り出した。
「依頼人、というわけか…。報酬がなければ受けられんな」
意地の悪い顔をして莉玖はそう言ってきた。
朔がその身一つでこの場にいることは明白なことである。朔は、一度目を伏せ、こぶしを握り締めた。
「…私を…」
「なんだと?」
「報酬は…私です。この体を差し上げます。依頼を成し遂げていただいたあかつきには、私を売ろうと何をしようとかまいません。…いかがでしょう」
言い終わると、目を開き、莉玖を見据えた。
いい度胸してやがる。莉玖は少し朔のことを面白く思った。どのみち、もう巻き込まれている…いや、俺から巻き込まれに行ったのかな。あいつに言わせればこれも天命ってやつか…
そんな莉玖の思惑も知らず、朔は震えていた。しかし、それを悟られまいと、必死に気丈にふるまおうとしている。
ブランケットから覗く朔の白い肌と、肩にかかる艶な髪、気丈な表情。
莉玖はにやりと笑った。少し試してやろう。
コトリと、銃を机に置き、おもむろに椅子から立ち上がった。ゆっくりと、朔に近づきギシッと片膝をベッドにつき顔を近づけた。
「前金代りにあんたの処女でももらっておこうか…?」
怪我をしてない右肩をつかみ、押し倒すと朔を見つめた。端正な顔立ちでさらりとした黒髪から覗く目が、思わず朔をドキリとさせた。
「…んなっ…!」
かっと、顔が上気して、抵抗しようとしたがその前に朔の首元から鎖骨にかけて莉玖の唇が当てられ、一気に体が硬直してしまった。
「…っつ…!」
ぐっと、歯をかみしめ、どうにか振りほどこうと、もがこうとしたその時、不意に扉が大きく開かれた。
「リク〜。頼まれてた女の子の服だけどさ…」
見知らぬ女が突如として部屋に入ってきた。
一瞬その女は固まり、手に持っていた紙袋を足元に落とした。
次の瞬間ベッドの上の莉玖めがけて回し蹴りを繰り出した。莉玖は軽く後ろへかわしてそのままベッドから降り何事もなかったかの如く壁にもたれ腕組みをした。
「チャイムもなしに勝手に人のうちに上がるなと何度言えばわかる」
ため息交じりに顔をしかめて莉玖が女を見返す。
「こんの〜、最低最悪淫乱馬鹿!珍しく人助けをしたかと思えば、魂胆はそれかぁ!傷ついた女の子になんてことを!信じらんない。今日という今日こそはお前の根性叩きなおしてやる!」
すごい剣幕で気合いをこめて構えをとる。どうやら女には武術の心得があるらしかった。
「覚悟―!」
女が右ストレートを繰り出した。
莉玖はそれを受けとめると、また、ため息をついた。
「人の話を聞いてからにしろ。それより、頼んでたもの持ってきたか?」
「それよりだぁ〜!」
女の怒りがどんどん増幅されているようだ。
「あのっ!」
思わず朔は大きな声でこの争いに割って入った。2人がこちらを見る。
「…あの…大丈夫ですから…その…」
思ったことがうまく言葉にできず、目が泳いでしまった。
「…服、頼んだからな」
莉玖がそう言って、隣の部屋に消えた。
「ほんとに平気?」
心配そうに女が朔の顔を覗き込んだ。
「あ…はい。本当に平気です…なにもされていませんし。それに、あれは…」
朔が事の次第を話すと、女はまたみるみる怒気をはらんでいった。
「この、馬鹿!女が簡単に体を売るんじゃない!」
一喝されたことにびっくりして、朔は固まってしまった。
「…す、すみま、せん」
女は一息つくと、朔を抱きしめた。
「しんどい時に、しんどいことを抱えない。自分にできることの中で最良を選ぶことがこの世をうまく渡るコツよ。覚えときなさい」
そう言って、また朔の顔を見て今度は笑った。
「あたし、佐々山春香(ささやま はるか)。この近くで道具屋やってるの。たいていの品は置いているから何か欲しいものがあったら言って」
「天宮朔です」
「ハジメね。よろしく」
春香は美人というわけではないが、さっぱりとして、表情のくるくる変わる明るい人間だ。この弱肉強食の世界では珍しいお人好しらしい。
薄茶のショートカットの髪を揺らしながら、落としていた紙袋を取りに行った。
「これ、ハジメ用に見繕ってきた服。もしかしたら、下着は合わないかもだけど…とりあえず、素っ裸よりはましでしょ」
からりと笑いながら紙袋を手渡した。
当の朔は裸だったということ思い出し、また赤面してしまった。
春香の用意してくれた服は黒のハイネックと白いパーカ、それに短めのキュロットだった。
「サイズちょうどでよかった。雨でずぶぬれだったから悪いとは思ったんだけど勝手に服、脱がせてもらったの。風邪ひいても困るし。ハジメは小柄だから私の服じゃ大きすぎたしね。仕入れてきたから遅くなっちゃて。…着心地悪い?」
勝手知った家なのか、春香は3人分のコーヒーを淹れながら良く話す。
「あ、ありがとうございます。別に着心地は悪くないですよ」
服を着て少し落ち着かない風で椅子に座った朔が答えた。
「そう?なんかそわそわしてるからさ」
「あっ。その、こういう服は着なれないもので…」
「そうだろうな。天宮の人間は、特に女は普段から着物で生活しているからな」
突然隣の部屋から現れた莉玖が話に入ってきた。
莉玖は部屋の壁にもたれて朔を見た。
「依頼を受ける。話してもらおうか」
朔の頭に先ほどのことがよぎる。本当に信じていいのだろうか。腕がいいことは先ほどの身のこなし、追手を倒したという話からよくわかっていた。ただ、人間としてあまり好きになれないと思うのだ。それにこの男はどうにも自分たちのことをよく知りすぎている気がした。
「……人を探していただけますか」
すべてを話さず必要なところだけ話すことに決めて、険しい顔のまま切り出した。
「私は、一区で白鷺の者に姉といっしょに襲われました。そして、姉は私をこの0区に逃がし、おそらく今はやつらに捕まっているでしょう。その姉を救うために、協力を仰ぎたい方たちがいます。その方たちを探してほしいのです」
「…名前は?」
莉玖は表情を全く変えずに尋ねた。
「名前は、『クレハ』と『ミズチ』」
「それって…」
コーヒーを運んできた春香が何か言おうとしたが莉玖が静止した。春香のほうを鋭く睨んで春香が言おうとした言葉をつぶしたのだ。
莉玖は気づいたのだ。そして春香も。朔が持ち込んできたこの依頼が本筋ではないこと。そして、朔の依頼は自分たちと深くかかわりがあることを。
莉玖も朔もどちらもまだ腹の探り合いの段階。わざわざ、こちらだけ朔にすべてを話すことはないと莉玖は考えた。それに…
「春、お前はこの件にかかわるな。もう帰れ」
「な、なによそれ!こんな女の子ほっとけていうの。まだ十五かそこらじゃない」
「違う。この件は今までお前が首突っ込んできた件とはわけが違う。白鷺がかかわって、影牙が動いている。…わかるはずだ」
ギロリと睨みつけて春香を突き放した。
「無理よ。確かに白鷺を相手にするのがどれほどバカなことか身をもって知っている。でも…だからこそよ」
春香は莉玖を睨みかえして一歩も引かなかった。
「ですが、私もかかわってほしくありません。実際すでにリク…さんを危険にさらしたようですし…」
不安な眼をして朔は訴えた。これ以上彼女にかかわって春香まで危険にさらすのは彼女の本意ではなかった。それは、莉玖に対しても言えることだった。
「…死ぬなら、人を助けて死ね。これは、死んだ父さんが残した言葉よ。…警察官だったの。この0区で正義を掲げることほどバカなことはない。でも、死ぬまで自分の正義を貫いた。私はそのことに誇りを持っていて、私もそう生きたいと思っているの」
朔に笑いかけた顔がもう何も言わさぬ雰囲気を作っていた。
「…勝手にしろ。ただし、死ぬときは邪魔にならねぇ所で死ね」
莉玖が呆れたようにいった。
そんな言い方はないだろうと少し顔をしかめたのは朔で、当の春香は笑って、そうすると言っていた。
「さて、話を元に戻すが、依頼は『クレハ』と『ミズチ』という2人の人間を探すこと。報酬はお前自身。それでいいんだな」
「はい」
莉玖と朔は互いを見合ったまま沈黙が流れた。
「わかった。明日、あるところに出かける。お前もついてこい」
そう言ってコーヒーを一気飲みして、流しへと持っていく。
そして、思い出したかのように告げた。
「それから、その肩の銃創だが、さっさと治しておけ。そういう力もっているだろ」
ガタンッ。
思わず立ち上がった朔の顔に映ったのは驚きと疑いの目。思いもしなかったことを言われ、あせり、小刻みに体が震えていた。
「……何者だ。なぜ、我が一族のことを知っている」
殺してきた感情が表に出る。
この男のことが信用できなくなった。知りすぎている。
ざわっと体の中の血が沸騰するようなそんな激しい感情が湧き上がってきた。
しかし、莉玖はクツクツと笑って答えた。
「明日、全てわかる。気に食わなかったらここを出ていきゃいい。ただ、お前は俺の依頼人。明日はふんじばってでも連れて行くからな」
そのまま、また隣の部屋に消えた。
気持ちの高ぶりが収まらない朔に、静かに春香が話しかけてきた。
「あいつはあいつなりの考えがあるから私は口を出さないけど、明日はあいつについて行きなさい。ハジメの欲しい答えが得られるはずだから」
朔はぐっと押し黙って下を向いた。
「それに、私はよくわからないけど、傷が治るんだったらさっさと治しておくに越したことないよ」
朔は、突然服を脱ぎ棄てた。左肩から胸にかけて巻かれた包帯に、まだ少し血がにじんでいた。
一つ大きく呼吸して、目をつぶった。
次の瞬間、朔は風をまとったように黒髪がなびき、黄色い光が彼女の肩を包んだ。
数秒して元に戻ると、肩の包帯を一気に外した。
そこには、銃創の跡などもうなかった。
隣の書斎に引っ込んだ莉玖は左手で口元を押さえていた。
なるほど、あっちが本性か…。こみあげてくる笑いを必死で殺して莉玖は先ほどの朔の様子を思い出した。どうやら俺の知っている天宮の女ではなく、裏の教育を受けてきたらしいな。おかげで、気が荒い。人に助けを求めるのではなく、できることは自分でしようとする…こっち向きではあるな。
笑いが止まらないのは莉玖の知っている天宮の女とは正反対だからなのだろうか。それとも、自分が試したことに見事にはまってくれたことにあるのか。
莉玖の脳裏に朔とよく似た少女の姿が浮かぶ。黒く長い髪、幼さの残った柔らかな笑顔。鮮やかな着物の姿、澄んだ声で自分の名前を呼んでいる。
性格も最初は似ているのかと思ったが、すぐに演技だとわかった。朔がかもし出す雰囲気が、莉玖達によく似ていた。おそらく相当鍛えられているのだろう。触れた肩によく発達した筋肉があった。華奢に見えてどうやらずいぶんと刀を振っているらしい。
「…旺(あきら)、あの子がお前の守りたいものなのか…」
遠い過去の姿を思ってそう、ひとり呟いた。
その時莉玖の顔に浮かんだのは困ったような苦笑だった。
また、別の幼い女の子の姿が莉玖の脳裏に浮かんだ。
そういえば、同い年だったかな…。
笑みが消えた…
部屋のクローゼットの奥に立てかけてあった黒い鉄ごしらえの刀を手にとり、一閃。
瞬間、莉玖の左目が紅く燃え上がるようにその色を変えた。
刀を抜き放ち、凄絶な笑みを浮かべた。
「十年ぶりか…久しぶりに顔を拝みたいもんだ。なぁ、蒼真(そうま)…」
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