3.道すがら


地を焦がさんばかりの太陽光がさんさんと降り注ぐ。
世界的に大地は乾いた荒野と砂漠が多く広がる。シュライネ領は緑がまだ多いほうではあったが、街道沿いに影となるような木々があるわけでもなく、薄い草原が広がっていた。
吹き抜ける風に、キーマのマントが音を立てて翻る。
聖都を出て二日。ヴィントの村に近づくにつれて風がどんどん強まってきていた。
「うわっ!」
彼の被っていたフードがめくられた。
「はずしておけば?どーせ、また風に飛ばされるぞ」
へらへらと笑いながらクルトは、飛ばされたフードをかぶりなおそうとしているキーマに声をかけた。
ここ二日ほど、お互いがくだらないことで会話をする程度には打ち解けていた。もっとも話題を振るのはいつも決まってクルトなのだが。セフィは黙々として歩き続けるだけだし、キーマはまだ警戒を解いてはいなかった。
「頭が焼けるだろうが」
キーマは可愛げな容姿に似合わず口調は少々乱暴だ。
「軟弱な作りの頭だねぇ」
「一般論だ!」
ここ二日の会話も今のようなクルトのからかいにキーマが反応するというものがほとんどだ。クルトの軽口にわざわざ噛みつく辺り、キーマもまだまだ子どもということだろう。
もっとも、キーマの言うように、一般的には厳しい日の光をさえぎるために多くの人が帽子やフードの付いたマントを着用している。クルトやセフィのように何も被らずに旅をする人のほうが珍しいのは事実であった。
「セフィを見ろよ。涼しい顔してるぜ」
クルトの言葉でキーマはセフィを見た。汗をかいていない。
「……うそだろ?」
キーマも言葉を失う。クルトも汗をぬぐいながらヘラリと笑う。
「俺も信じがたいんだがな…」
クルトがカリカリと頭をかく。髪の毛がかなり熱い。だが、クルトは太陽光に強い体をしていたので、それほど気にしていない。
「なぁ、セフィ。暑くないの?」
何の気なくクルトが尋ねた。
「………暑くはあります」
相も変わらず淡々と答えるセフィの声は、言っていることと全く合わず、冷たい印象を与える。
「でも、そんな風には見えない」
キーマが訝しげに眉をひそめた。
「汗が出ない体質なのか?」
クルトが不思議そうに訊く。
「気合い」
クルトの質問に即答したセフィの言葉に、二人は一瞬理解がついていかない。
数秒の沈黙。
「ええぇぇ!?」
二人分の大きな驚愕の声が街道にこだまし、すれ違った旅人がビクリとしてこちらを振り返って見る。
しまったと困ったように笑いながら二人は会釈してやり過ごす。
「気合いとかそんなものでどうにかなるわけ……」
キーマが頭を片手で押さえる。
「心頭滅却すれば火もまた涼し…です」
セフィが珍しく自信ありげに言う。
「なるほど、『病は気から』と一緒だな。脳が暑くないと思えば身体はそう反応するわけだ」
妙に納得してクルトは思案顔で顎をなでた。そして思いついたかのようにその場で立ち止まった。
「はあぁあぁぁ!」
突然、踏ん張るような姿勢で声を上げた。
「何やってるんだ?」
キーマが変なものを見るような目をした。
「気合い入れてんだよ!」
「無理に決まってるだろ!」
クルトの答えにキーマはすかさず声を張って突っ込みを入れる。
「セフィにできるのに俺にできないわけがない!!」
「どんな自信だよ……」
拳を振りかざして豪語するクルトにキーマはため息をついた。
「少年よ、そんなに諦めが早くてどうする」
「勝手に言ってろ」
キーマがさっさと先へと歩き始めた。クルトの相手は疲れるといわんばかりだ。
「冷たいねぇ」
クルトは大げさに肩をすくめた。
「あんたの相手してると……」
キーマが文句を言おうとクルトのほうに振り返った時、ドンと向こうから来た人にぶつかった。
「痛てぇなぁ。どこ見てんだ、ガキ!」
傭兵の風体をした男がキーマをにらみつけた。ぶつかった男のほかに三人の男が一緒にクルト達を見る。
「スミマセン」
キーマの言葉に気持ちがこもっていない。ガキと言われたことが、どうやら頭にきているようだ。
「てめぇ……なんだ、その態度!」
男の怒声にクルトは額を抑えた。
「すみませんね。ちょっとよそ見してたもので。ほら行くぞ」
さっさとその場を離れるのが得策と思ったのか、クルトがキーマの腕を引っ張った。
「待てよ。せっかくだから、怪我の治療費おいていけ」
「はぁ?」
キーマがクルトの腕を振り払って男を睨みつけた。
「お前にぶつかられたところが痛くてさぁ」
大柄な男は、キーマをジロリと見下した。周囲の男たちもクスクス笑う。
チャリッと小さな鍔鳴りをクルトは聞き逃さなかった。キーマがマントの下の刀に手をかけた。
おいおい、気が短すぎるだろう。内心で嘆息しながらキーマに話しかけるが、当の本人はそんなクルトの気持ちを読み取ってなく、殺気が出始めている。
どうやらキーマは、子ども扱いされたり、背が低いからか見下されたりすることが嫌いらしい。
「そう言われても、あいにく手持ちが」
キーマの手元をけん制しつつ、クルトが二人の間に入った。ヘラリと笑いを浮かべて引いてくれと心の中で願う。
「神団の人間なんだろ?貧しい民を救ってくれよ」
セフィの手をぐっととって、別の男が言う。
スッと、セフィの顔から色が消えた。彼女は左手を掲げようと、腕を持ち上げ始める。
その様子に、クルトの顔色が変わった。短く舌打ちをして、一瞬でセフィの手をつかんでいた男の懐へ入り込み、彼を投げとばす。
「ぐわっ」
彼が地面にたたきつけられる派手な音が響いた。
「てめぇ、何しやがる!」
「あー、うちの姫さんに手ぇ出さないでもらえる?」
ちょっと困ったように頭をかきつつ、もう一方の手でセフィの左手首をかなり力で抑えた。
「ふざけんな!」
男たちが剣を抜き放った。
はぁ、とクルトは小さくため息をついた。
キンッと乾いた金属音が短く鳴る。
キーマが男たちの懐へ飛びみ、二人をなぎ倒し、一人の剣を払い飛ばした後刀の刃をギラリと相手のあごにつけた。そして、視線だけクルトに向けた。
「人には手を出すなって言っておきながら、あんたがやってたら世話ないね」
「残念。俺はだれにも手を出すなと言ってはいない」
クルトは飄々と言ってのける。確かに目でキーマを牽制こそすれ、言葉は発していなかった。
その屁理屈にキーマが顔をしかめた。
「さてと、続きはどうする?」
クルトはゆっくりとセフィの手首から手を離し、キーマになぎ倒されてうずくまっていた男と視線を合わせるよう、しゃがみこんで話しかけた。
男はハッとして顔を上げたが、その後言葉が出なかった。
物言いこそ柔らかな雰囲気であるが、その目はさっきまでののらりくらりとした様子とは一変し、張り詰めた糸のような緊張感と圧力を感じる。
「ひっ!」
男は仲間を置いたまま駆けだした。
「おいっ、待てよ!」
キーマに刀を向けられていた男も慌てたように言って、倒れている男らを残して足早に彼のあとを追い去っていく。
「おーい、忘れているぞ」
クルトが置いてきぼりにされた男たちを指さしながら、二人に呼びかけたが振り返ることもなかった。残されていった男たちも、ぎこちない動きでその場を去った。
「まったく…」
クルトは息をついた。
「今日は宿場くらいまで行きたかったが、これはまた野宿だな」
参ったといった感じで肩を落とす。ちょうど日が傾いてきた。無駄な時間を食ったので、思ったよりも先に進めていなかった。
「とりあえず、進めるところまで行って適当なところで野営するしかないな」
キーマが刀を鞘に納める。
「そうするか」
クルトは幸先の悪さに頭が痛かったが、とりあえずは歩を進めることにした。
この時、セフィがクルトのことをじっと見て、表情が微妙に変化していることを彼は見逃していなかった。

すっかり日が沈んで、世界が夜色に染まった中、クルトは短い草の原の上に寝転がって満点の星空を眺めていた。
野営しているところにはたき火がある。せっかくの星空なのでより暗い所でと思い、クルトはキーマとセフィから少し離れていた。キーマがセフィを襲う可能性がないわけではないのでそれほど遠くにいるわけではない。

さて、これからどうしたものか…。
クルトは笑みを含んだまま思索にふける。
キーマを連れてきたのは別に酔狂だからではない。理由の利点もあった。少しばかりの危険をはらんでもそうする価値はあると思ったのだ。
気になることもある。セフィのことはまだまだ読めない。そしてその裏にいるハルストのことがどうにも頭の隅で引っかかって仕方がなかった。
「ほんと、ついてねぇなぁ。俺に何か憑いてんじゃねぇの」
山積みの問題に軽い愚痴がこぼれる。
「…いいですか?」
クルトは細く高い声に驚いて身を起こした。クルトを覗き込むようにセフィがそこに立っていた。
「セフィ!?」
セフィから話しかけてくるとは思っていなかったのでその意外さに驚きを隠せない。
「何故…ですか?」
唐突にセフィにそう訊かれてクルトは面喰ってしまった。
「何故って、いったい何が?」
「何故、先ほど私を止めたのです」
あぁ、とクルトは合点がいった。
「絡まれた時に、セフィがジェムを使おうとしたのを止めたことね」
あのあとから、セフィはクルトを見てはどこか不機嫌な表情になっていた。何が気に入らないのかと、クルトも少し気になっていた。
暗くて分かりにくいがセフィは無表情のまま、質問を続ける。
「私が彼らに劣ると思ったのですか?」
「いんや。劣るはずないだろ」
「では、あの少年に手の内を見せることをためらったのですか?」
「それも違うね」
キーマに手の内を見せると少しややこしくなるが、あの時はそんなこと思っていなかった。
この二日、一緒にいてセフィがこれほどまでに話している状況は初めてなので、含みを持った応答の内でクルトは内心驚いていた。
「理由は…一体なんですか?」
いぶかしんだ表情でセフィはじっとクルトを見る。どうやら彼女は攻撃を止められたことがずいぶんと不服なようだ。
「殺させないため」
真剣な目でクルトはセフィに言い放った。
クルトの一言にセフィは眼を大きく見開いた。彼女の表情がこんなにはっきりと変わるのを見たのは初めてだった。
「……何故……そう思ったのですか?」
明らかな動揺が見える。
「質問ばっかりだな」
ただただ訊くばかりのセフィに対し、クルトは苦笑した。
その言葉にセフィはぐっと奥歯をかみ合わせ口を閉ざす。
「あぁ、別に嫌がったってわけじゃないから気にしなくていい」
クルトがセフィの反応に慌てて訂正する。セフィの行動がただ単に面白かっただけなのだが、どうやら本人にはそうは捉えてもらえなかったようだ。
「さっきの答えだけどさ」
クルトはよいしょと立ちあがってセフィと向き合う。
「簡単なことだ。顔から色が消えたからだよ」
したり顔でクルトはなんてことないかのように告げた。
「俺もさ、職業柄いろんな奴見てきてるからわかるんだよね」
ぐっと伸びをして天を仰ぐ。セフィはその姿をじっと見つめていた。
「殺しなれた人間って、殺す相手の感情をもらわないようにしているんだよね。恐怖とか痛みとかもらわないように、心を閉ざして無表情になっていく」
満天の星が輝いて美しい。目を細めてクルトは空を見つめる。
「そして、人を殺すたびに自分のここ≠何度も殺していく」
そう言って、自分の胸を握りこぶしでトンと叩いた。
ここ=\―つまりは心。
「相手を殺す時、殺す人間もまた死に顔をしている」
悲しみを帯びた瞳で胸をぐっと掴んでうつむいた。
人を殺す顔。その顔をクルトは知っている。見てきたのだ。あまり思い出したくないその情景。でも消えることのない思い出。
「……死に顔…」
セフィの表情が曇る。思い当たる節があるようだ。
「この間言ったよな。俺は殺さない主義だって」
「えぇ」
「もうひとつ。殺させない主義でもあるんだ」
クルトはからりと笑って言った。
その表情が言っていることとあまりに合わないのでセフィは目を丸くした。笑って言えるような簡単なことではない。それを彼は楽しげに言うのだ。
「殺さない、殺させないなんてことは今の世では不可能かと思います」
セフィは表情を引き締めてクルトに反論した。語調がどことなく強い気がした。
思うところがあり…ってわけね。クルトはセフィの様子を逐一観察する。
「それに、自分の思想を他人に押し付けるのはどうかと思うけど」
今まで姿の見えなかったキーマが少し離れたところに腰をおろして、突然口をはさんだ。
「盗み聞きかぁ?」
クルトがそっちを向いて、茶化して言う。
「堂々と聞いていたよ」
キーマがクルトの近くに歩み寄ってきた。
「ははっ、言うねぇ」
いつもクルトがこねるような屁理屈を珍しくキーマが口にしたことが面白かったのかクスクスと笑った。
「そうだよな。俺の考えはお前の生業を全否定してるからなぁ」
「オレだけじゃなくて、そっちの奴のことも全否定だろ」
確かに、セフィも殺人人形と言われるようなことを続けていたわけだ。クルトの理想とはかけ離れている。
「あんたの主義は絵空事だ」
最初に会ったときと同じく、キーマが厳しい言葉をしっかりと正面から目を見て突き付ける。
「でも、さっきは上手くいっただろ」
クルトはにやりとキーマを見た。さっき絡まれた時は確かに誰も殺すことも殺されることもなかった。
「普通、あんな程度で雑魚を殺そうだなんて思わないよ」
「でも、最初に鯉口を切った時は致命傷を負わせる気だったろうが」
何故わかったといわんばかりに、キーマの眼が大きく見開かれる。
「殺気でな、わかるもんだぞ」
簡単に言ってのけるクルトに対してキーマは眉間にしわを寄せた。
「あんた…何者だ?」
「ただのしがない傭兵だよ」
キーマはじっとクルトの目を見た。ぞくりと背中に寒気が走る。底の見えない深い緑の瞳をのぞいて、キーマは思わず言葉を失くす。
キーマはずっと前に教えられた言葉を思い出す。まさかという思いが駆け巡る。教えられたことと目の前にいる者の特徴は類似するのに、内容はかみ合わない。訊こうにもクルトの瞳にはそれ以上口を開くなという圧力があった。
キーマの様子を見て、クルトがふっと笑みを浮かべた。
過去は消し去ることなんてできないのに、忘れたふりをして蓋をするあたり、俺もまだまだ子供ってことだなと、クルトは内で自嘲した。
「…殺すと負う傷ばかりが増えていくだろ」
そう言ってキーマの頭をポンポンっと叩いた。
「子ども扱いするな」
キーマがむっとして手を払いのけようとする。
「まだまだ坊ちゃんだよ」
クルトは柔らかにほほ笑む。馬鹿にするわけでもなく、本心から優しい気持ちでその言葉を発した。
「…傷が…増える?」
さっきまで黙っていたセフィが口を開いた。少し困惑したような声だった。
「目に見える傷じゃない。でも、治りの遅い膿んだ内側の傷のことだよ」
クルトの表情がまた含みある笑みに戻る。
「裏稼業してれば確実に人を傷つけるし、殺しもする。わかっていても、誰でも罪の意識だとか感じたりするってことだろ」
キーマがため息をついた。わかってるよと言わんばかりだ。誰しも胸が痛まないなんてことはない。
だが、キーマはセフィを見て怪訝そうな顔をした。彼女がどうにも先の言葉の意味を理解していないように映った。困惑顔のままのセフィをキッと睨んで言葉を続けた。
「人を傷つけて殺して、自分の胸が痛まないって言うんなら、そいつは狂っているか……本当の人形≠セな」
さげすむような目線を送ったあと、キーマはふいっと顔をそむけて地面に座りこんだ。
なんともいえない気まずい空気が流れる。
「うーん……」
キーマの言葉と態度を見て、困ったように眦(まなじり)を下げる。しばらく考えた後、面白いことを思いついたのか、にかっと笑った。
「セフィそこに座って」
セフィは、クルトに肩を押されてその勢いのまま地面に座り込んだ。何が何だか全くついていけていない。
「で、二人とも寝っ転がる!」
「うわっ!」
今度はセフィとキーマ、二人の額をつかんで無理やりあおむけに寝かせた。
「次はそっちの手をつなぐ」
有無を言わせず、すばやく二人の手を握らせた。
「何を…!」
「はい、上を見上げる!」
文句を言おうとしたキーマの言葉をさえぎり、クルトは上を見るように指示した。二人は反射的に上を見上げる。
「あっ…」
二人は同時に言葉を失くし、そして今の状況がどういうことかも忘れて、天を仰いだ。
夜空に広がる満天の星。黒とも藍色とも、はっきりとした色を言えない夜の空に、瞬く無数のやさしい光の群。空がとても近く見える。手を伸ばせば届きそうだ。
「……きれい」
心なしか、いつもより少し上ずった声でセフィが思わずこぼした。
「うつむいていると気づかないことが多いって知ってたか?」
クルトが瞼を閉じて風の音を聞きながら続ける。
「星が輝くのは星自身が燃えているからなんだ。その生涯、燃え続け光を放ち続けることが星の一生……」
クルトも短い草の上に腰をおろす。青い匂いと土の香りがふわりと上がる。
「俺は、人と星はよく似てると思っている。限りある生を精一杯輝く、その姿がさ」
見上げる二人の顔を覗き込んで、クルトはにかっと笑って見せた。
キーマは半眼でクルトの顔を見る。
「呆れたロマンチストだな」
無表情でいつのもの調子のセフィが口を開く。
「結局何がしたいのですか?」
クルトは肩をすくめた。
「……あったかいだろ」
脈絡なく言われた言葉が何なのか分からずに、二人はキョトンとした。
「手ぇ、あったかいだろ」
二人は、いつの間にか重ねていることが気にならなくなっていた掌をバッと慌てて離した。
その様子に思わずクルトは苦笑する。
「手の暖かさは生きている証拠だよ。星も人もあったかいんだ」
「星は燃えているんだからむしろ熱いと思うんだけど」
キーマが至極真面目に受け答えする。
「だぁー、もう!お前はロマンってもんがねぇなぁ」
クルトががっくりとうなだれる。
クスッ。
小さな笑いにクルトがバッと顔をセフィに向ける。そこには、突然顔を向けられて少し驚いているセフィがいた。
「笑っ…た?」
「えっ?」
「今、笑ったろ?」
「…………よく、わかりません」
本人もとても動揺していた。目が泳いでいる。
「今、確かに笑ったよ!」
クルトは声を張り上げて、強調する。
「そう言われれば…そうなの、かも…しれません」
セフィはたどたどしくその事実を受け止める。
「よかった〜」
クルトはそう言って大の字に寝転がる。
「何が…?」
セフィが不思議そうにクルトのほうを向いた。
「ずっと笑ってなかったから、笑い方、知らないんじゃないかと思ってた」
「!!」
セフィの顔が驚愕の色を映す。
「キーマ、セフィは人≠セよ。些細な変化でも表情も変わるし、声も変わる。手だってあったかい」
クルトが嬉しそうに夜空を見上げる。
キーマは黙ったままだ。認めたくないけれどもわかっているといった体である。むしろ、人とはっきり肯定されたことに、セフィの方が面喰っているようだった。
「互いが別の存在として生きていて、俺は俺の考えのもと動くし、お前らはお前らの判断で好きに動けばいい」
唐突に、クルトの声が真面目になる。
「俺は、殺さない殺させない主義で俺の仕事をする。お前らはお前らのしたいことを自分で決めればいい。生きたいように生きろ」
沈黙が流れる。今度は重たい雰囲気のものではなく、各々が思うところがあっての大切な沈黙。
聞こえるのは夜風のやさしい調べのみ。
そしてまた、ヘラリとした雰囲気クルトが戻る。
「生きるってことは輝くってことだからさ、しっかり今を輝けよ。人の生は星のそれよりずっと短いんだぜ?」
少しの沈黙の後、キーマがため息をついた。
「クルトさ、そう言う科白、恥ずかしくないの?聞いてるこっちはかなり恥ずかしいんだけど」
「私も同感です」
間髪をいれず、追い打ちをかけるように、セフィが一言だけ淡白に、だがきっぱりと発した。
二人の発した微細な変化に、クルトは思わず笑みを浮かべる。

先は夜空の色より濃く深い暗さを示しているが、個々に輝く意思の光が、進むべき道を照らす導となるかもしれない。





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