鼓動が鳴る
重なるように時を刻む
暖かな体温
柔らかな皮膚
幾多の命の灯が
この世界で輝き続ける
それは満天の星のごとく
命を燃やす
泣き 笑い 生を育み
孤独からの解放を求めて
彷徨(さまよ)い行く
この世界で居場所を求める放浪者
ただ確かなその実感
自己の双子星を
この世界の中で
探しつづける
プロローグ
夜陰の中、フクロウが鳴いた気がする。うっそうと茂る森の木々は、音を吸収して静寂を与えていた。
そんな深い森の中にある集落で、夜も更けみんな寝静まった頃だというのに、明かりの灯った家があった。
机の上に乱暴におかれた袋から、金色のきらめきがのぞいた。ズシリと重そうなその袋を、嫌悪して眺める初老の男性は、ぐっと唇をひき結んだまま何も言わなかった。いや、正確には言えなかった。
「交渉成立ということでいいですね?そちらには十分すぎる条件でしょう」
机をはさんで男性の向かいに座る男は仕立ての良い服を着て、柔和そうな雰囲気を醸し出し笑っていた。だがその眼だけは冴えた色を宿していた。
「……しかし、やはり我々は…」
「森を守りたいのではありませんか?」
初老の男性が口を開きかけた所に、強い口調で男が言葉をかぶせた。
すると、クツクツと喉の奥を鳴らすような笑いが上がった。
「なにか?」
男は眉間にしわを作りながら声の上がった方を見る。
暗い部屋の壁にもたれた若い男の姿があった。腕組みをして俯きかげんに笑っている。部屋にともされた燭台の火があたり彼の髪が光る。美しい金色だ。
「これは依頼じゃないな。脅迫だ」
「どう捉えようとあなた方のご勝手ですが」
「聖職者が聞いてあきれる」
若い男の言葉に柔和な雰囲気が崩れ、男は目に険を孕んだ。
「わりぃ、気を悪くさせたかな。どのみち俺はあんたとともに聖都に行けばいいんだろ?」
若い男は軽い口調でヘラヘラとしている。
その軽薄な感じが男の癇に障った。しかし、言い争うのも馬鹿らしいと考え、男はまた元の柔和な笑みを浮かべる。
「…わかっているじゃないか。国を守るためだ。しっかり働いてくれたまえ」
はいはい、と軽く若い男は返事をして壁にもたれ腕組みをした。
男は笑みを浮かべたまま、ではこれでと一言だけ言い置いてその場を去っていった。明日の早朝にはこの若い男を連れてこの森を出ることになっていたからだ。
初老の男性は机に両肘をついて指を組み、苦い顔をして額を組んだ指に押し付けていた。
「そんな顔するなって」
若い男は苦笑気味に声をかけた。
「だがこれではお前を売り飛ばしたようなものだ」
「いいんだよ。俺みたいな半端者」
肩をすくめて、ふざけた調子で言う。
「何を言う!お前も同じヴァルトロイテだ!」
ガタリといすから立ち上がって男性は語気を強めた。
「ありがと」
若い男は柔らかに笑った。男性の優しさがうれしいと思った。だが、それがなおさら若い男の意思を固くした。
「俺は行く。ここを守りたいからな…。やっぱり神団に逆らうべきじゃない」
男性は悔しげに顔を歪めて力なく椅子に座った。
「すまない…クルト……」
「気にしなさんな。たまには長(おさ)に恩返しねぇとさ、いけねぇだろ?」
クルトと呼ばれた若い男はもたれた壁の横の窓から空を見上げる。
彼の緑眼には満天の星空が映し出されていた。
◆ ◆ ◆
夜の帳が下りた中、事務机に向かう男はドアをノックする音に顔をあげた。
「どうぞ」
執務に使っていた羽ペンを置いてドアの方に目をやる。
開けられたドアの先に立っていたのは、金色の髪と瞳を持ったうら若い女だった。
「御用だと聞きました」
抑揚のない声。無表情な顔。透き通るような白い肌。まるで陶器で作られた人形のようだ。
「あぁ、君に頼みたいことがある」
男は立ち上がって彼女に近づいた。彼は聖職者だと一目でわかる雰囲気を醸し出していた。
真っ白い詰襟の服は裾が長く、胸元には両翼をモチーフにした紋章が金の刺繍としてはいっていた。長袖から覗いた右手が彼女の頬に触れた。
彼女は眉一つ動かさない。
「そのチャイルドとしての力を持って我々を導いてくれないか?」
「はい。私は、何をすればいいのですか?」
答えは決まっている。そのことを彼女は知っていた。だが彼女は男に尋ねた。いつもそうしている。まるで儀式のようなものだ。
「神の教えに背きし者たちに制裁を……」
男の言葉に少女は瞼を閉じて、答えた。
「人々の幸福と安寧がため、御名(おんな)の下に断罪の剣(つるぎ)振り下ろさん」
男は冷たく微笑した。眼鏡の奥の瞳があやしい光を帯びる。
それを見つめる少女の瞳に感情は全くなかった。
夜は深まる。部屋の中は燭台に置かれた蝋燭の揺らめく炎に照らされていた。
窓の外に広がる夜空に、星が輝く。しかし、その光は部屋にいる二人に届いていない。
◆ ◆ ◆
日の明けゆく世界を、彼の者はただ一人じっと眺めていた。
彼の者はずっとじっと待っていた。
その時が来ることを。
その時のことを考えるだけで心が躍る。
さぁ、早く。早く帰っておいで…。
欠片を集めて、私のもとに帰っておいで。
愛しい我が子(チャイルド)……。
彼の者は、目覚めゆく世界を見て口角をあげた。
その笑みが、とても冷たく冴えた月のような形をした。
◆ ◆ ◆
別れていた幾筋もの道が交錯し始めた。
そして、世界は目覚めの時を迎える。
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